一期一会の精神を貫く 若き板長の葛藤と成長物語

ビジネス

人生において一番怖いことは

あなたが信じていることを貫くことであり

その後にやってくる結果に耐えることである

しかし、それができたとき、

それは一番美しいことであり、

誇りに思うことである

シドニー・シェルダン

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龍也の勇気とは リーダーシップとは

主人公の龍也は、目先の安定より、自分の信念を貫くことを選びました

その勇気と決断力は、読み手の皆様にも自分自身が直面する問題に向き合う際に助けとなることでしょう

しかし、その決断は自分だけでなく、多くの人に波紋を投げかけます

その覚悟もまた、信念を貫く難しさでもあります

 

また、この物語はリーダーシップについても考えさせられます

榊原オーナーのような人心掌握術は決して素晴らしいとは皆さんは思わないでしょう

しかし、日本的な経営ではそのようなリーダーシップが幅を利かせています

読み手の皆様には、リーダーシップとは何なのかを考える機会になれば幸いです

『瑞雲閣ホテルズ』オーナーの視察に備えて

都内一等地の高級ホテル『瑞雲閣ホテル』の会議室には、ホテルの各部署のトップたちが顔を揃えていた

本日はホテルグループ『瑞雲閣ホテルズ』のオーナーである榊原勝利(さかきばらかつとし)が視察に訪れることになっていた

それぞれの部署の準備状況などの最終報告が行われていた

支配人上野 由紀夫(うえの ゆきお)は、

榊原オーナーの機嫌をそこねることだけは絶対にないようにと念を押す

しかし、松崎龍也(まつざきりゅうや)は退屈そうにしている

今回の視察は自分には関係のない話だ

龍也の仕事は、ホテルの看板でもある割烹『一期一会』の板長として、

最高の料理を提供すること

それ以外は興味がなかった

龍也はここにいる全員が、

お客様ではなく、榊原の機嫌が最重要課題になってることが気に入らなかった

総料理長の父である松崎正義(まつざきまさよし)も龍也の気持ちは察しているようだ

 

突然、館内の音楽が変わった

榊原オーナーが視察があるときには合図となる音楽がいくつかある

これもその一つだ

それを合図に会議室の面々が各々の持ち場に戻る

館内の他のホテルマンたちも清掃が行き届いているかの最終チェックをおこなっていた

榊原の到着と視察の始まり

榊原の車が到着した

支配人上野 由紀夫が外まで出て榊原を出迎えた

上野の方が10歳は年上なのに、

そのペコペコした態度はこちらが恥ずかしく感じるほどだ

 

榊原が館内に足を踏み入れる

ドアマン、ベルボーイ、レセプション、コンシュルジュ全員が緊張している

榊原はそのまま奥への向かっていく

すると、女性コンシュルジュの前で歩みを止めた

じっと彼女を見つめ続ける

表情は変わらない

彼女の胸ポケットにはいろいろな情報を書きとめたメモ帳とボールペンが入っていた

お客様のための大事な情報源だ

しかし、そのメモ帳は何度も何度も使い込まれ、汚れていた

上野は彼女を見て、小走りに彼女に近づいた

そして耳元でささやく

彼女ははっとして胸ポケットのメモ帳とボールペンを取り出して机の引き出しにしまった

榊原はそれを見届けると、何の表情も変えずにまた歩き始めた

 

視察は万事そのように続いた

足を止めた時は、何か榊原にとって気に入らない事がある

ゴミが落ちていたり、窓の掃除がたりなかったり、

上野がそれを察して指示を出す

その繰り返しであった

 

榊原の昼食はこのホテルの看板レストランでもある割烹『一期一会』である

会食なら個室であるが、今日は視察である

美しい庭園を望むカウンター席で、

板長の龍也自ら榊原のお手前をする段取りであった

その時間が刻一刻と近づいていた

龍也は食材のチェックに余念がない

そんな時に、受付係の女性が血相を変えて厨房に飛び込んできた

「ご予約のお客様が!ベビーカーのお子様をお連れです!」

一期一会を失いかけた男の決断

その情報はすぐに支配人上野の耳にも届いた

上野は榊原の元を離れられない

代わりに腰巾着のレセプショニストの石井が厨房に入ってきた

 

「どうするんだ。

子供が泣いたり騒いだりしたら困る

予約の時は言ってなかったんだろ

だったら丁寧にお断りするばいいだろ。」

 

「ですが、半年も前からのお約束です。

きっとこの一期一会のお食事を楽しみにしていたと思います。」

 

「そうは言っても榊原オーナーの手前、それはムリというものだ。

別なレストランに行ってもらえばいいだろう。

こども向けのメニューだって豊富だし、

サービスしてあげれば納得するだろう。」

 

龍也はそのやり取りを聞いていた

やり場のない怒りがこみあげてくる

総料理長正義が龍也の元に来た

「お前がお客様にご説明しろ。

トラブルを収めるのも上の仕事だ。」

龍也は納得しないもののお客様の元に向かった

 

お客様はベビーカーの子供連れであったが、

ご夫婦共に小ぎれいな服装でおいでだった

事情を説明するとうなずきながら聞いてくれた

 

約束が違うと不満をぶつけてくれればまだよかったのだが、

ご夫婦は子供を連れて来た負い目も感じているのだろうか

こちらの提案を了承した

ただし、深い落胆があるのは龍也の目には良く分かった

ご夫婦はとぼとぼと『一期一会』を後にする

その小さな背中を龍也は見送った

 

その背中が龍也に語りかけてくる

自分はどうして料理人になったのか、その熱い思いが心から湧き出した

「お客様!」

龍也はご夫婦の元に走った

 

「お客様、今日は天気も良いです。寒くはありませんか?

もしよろしかったら外でお食事をなさいませんか?

お庭にお席をご用意させて下さい。

それでしたら、他のお客様にもご迷惑をおかけしませんから。」

 

龍也の提案にご夫婦は満面の笑みで喜んで受け入れた

父の言葉と榊原オーナーの影

厨房に戻ってきた龍也は父正義に事情を説明した

龍也がご夫婦のお世話をすることを

そして、榊原オーナーのお手前を正義に託した

正義はじっと考え込んで、そして小さくうなずいた

 

「だが、お前の思ったようにはならんぞ。

それでも良いんだな。

でもこっちは気にするな。

お前はお前のすべきことに集中しろ。」

 

龍也は父正義の言葉の意味を理解しようと努めたがわからなかった

正義は神妙な顔をしていた

 

日差しは暖かいが、風は少しまだ冷たかった

庭の席は庭園の池の横に用意された

池には大きな錦鯉たちが優雅に泳いでいる

お客様の小さな男の子も柵越しにそれを見て喜んでいる

夫婦は本当に喜んでいた

 

自分たちで庭園を独り占めして食事を楽しんでいる

子供も自由でいられる

最高の食事を楽しむことが出来ている

 

龍也も今日は心からの笑顔でお手前が出来ている

自分が料理人になった時の想い、そして料理を提供する喜びを思い出した

しかし、その想いも彼の視界に入った人物で砕け散った

 

榊原オーナーが庭園に出てこっちを見ている

横にいる上野の顔色が悪いことが遠目にも分かった

榊原オーナーの食事は始まったばかりのはず

それなのにここに現れた

その意味は、

食事もしないでこちらに直接来たことを意味している

 

龍也の体と心は凍りついた

そして初めて、父正義の言った言葉の意味が分かった

自分がどれだけの事をしでかしたのかがわかって動揺した

ご夫婦は楽しく食事を続けている

こちらには気づいていない

小さな男の子だけが龍也の様子に気づいていた

龍也をじっと見ている

榊原オーナーはそのままこちらを見ている

上野支配人がこちらに向かって歩いてくる

 

龍也は一瞬目を閉じた、そして、父正義の言葉が心に響いた

「お前はお前のすべきことに集中しろ。」

 

龍也は右手をそっと上げて上野の歩みを拒絶した

上野の足が止まる

上野は立ち止まって榊原オーナーの顔色をうかがう

その視線の動きに合わせるように龍也も榊原の目を見た

男の子も龍也の視線の先を追うように榊原を見つめる

 

龍也は榊原オーナーと真正面からお互いの目を見たのはこれが初めてだった

さすがの迫力だ

『瑞雲閣ホテルズ』に関わるすべての人間を掌握できるのも納得した

しかし、龍也は何か違和感を感じた

さらにその瞳の奥底を見つめた

すると、そこに空虚な闇が見えた

しかし榊原がその闇を見せまいと拒絶した

途端に榊原の迫力が霧散した

龍也は榊原に微笑みを送り、そのまま小さく会釈をした

榊原はその会釈が直る前に踵を返して足早に去っていく

上野もそれに続いた

 

男の子の視線の先のおじさんがいなくなった

もう一度龍也の顔を見上げる

龍也も男の子を見つめる

龍也は優しくも淋しい笑顔を男の子に返した

瑞雲閣の終焉と龍也の新たな道

榊原オーナーは食事もとらずに視察を中止した

表面上は怒りを表すことはなかった

それが逆に最大級の怒りであると支配人上野は知っていた

 

その日の業務を終えたあと、

朝のメンバーがまた会議室に集まった

全員がお通夜のような雰囲気だ

 

上野が榊原の代弁者であるかのように怒りをぶちまけた

自分の語気の強い言葉で怒りがさらにヒートアップしていく

そして今回の問題を起こした龍也に詰め寄る

 

夫婦を送り出してから龍也には考える時間が十分にあった

もう気持ちが決まっていたので何も怖くなかった

 

「今回は私の独断で皆様に大変なご迷惑をおかけしました

多分、榊原オーナーは私の顔など見たくもないでしょう

このまま『瑞雲閣』にいても皆様にも迷惑ですし、

私も榊原オーナーに嫌われながらいても仕方がないと思います

ですので、総料理長には大変申し訳ないのですが、

板長との兼任をお願いいたします。」

 

事実上の退職宣言であった

 

そ日以降、龍也は引継ぎを足早に進めて、『瑞雲閣ホテル』を去った

しかし、龍也の行動は『瑞雲閣ホテル』に大きな波紋を起こした

龍也の行動に合わせるように『瑞雲閣ホテル』を去るホテルマンも多く出た

 

それで上野支配人が困ったかというと、

そうではなかった

残った人間は榊原オーナーを崇める共通の価値観を持っていた

上野が望む人材だけが残る結果となった

榊原は自分の基盤をより強固なものにすることが出来た

榊原は満足な結果に、自分のリーダーシップの正しさを再確認した

 

そこから時が流れた

都内一等地の瑞雲閣ホテルは現在でもその威容を誇っている

しかし、それは形だけ

瑞雲閣ホテルズは会社更生法を申請し、グループは外資に買われて事実上消滅した

榊原勝利『元』オーナーが瑞雲閣ホテルを去る日

壮大な『送別会』が行われ、この様子はテレビでも報道された

画面には涙でグシャグシャの顔の支配人上野 由紀夫も映っていた

 

それ以降、榊原勝利が瑞雲閣ホテルを訪れる事はなかった

元上野支配人は、『新』瑞雲閣ホテルの支配人補佐の役職でホテルマンを続けている

 

龍也はどうしたのか?

彼はいくつかの和食の名店を渡り歩いた

そして、小さいながらも自分の店を持った

高台から大きな窓で海を見下ろすカウンターの店であった

カウンターの白木はしっかりと濡れ布巾で磨かれて吸い付くような手触りだった

ここから見る夕日はいつも素晴らしかった

 

開店の時間だ

龍也は店の玄関へと向かう 

龍也は選んだ一輪の朝顔を竹を切って作った『掛花入れ(かけばないれ)』にさした

そしてきれいに磨きこんだ看板でもある表札を掲げた

そこには店名が書かれてた

『一期一笑』と

人生において一番怖いことは

あなたが信じていることを貫くことであり

その後にやってくる結果に耐えることである

しかし、それができたとき、

それは一番美しいことであり、

誇りに思うことである

シドニー・シェルダン

 

最後までお読みいただきありがとうございます

こころが変われば世界が変わる

人生のこの瞬間に感謝を

 

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「このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。」

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